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役に立つ本屋 NAWA PRASAD |
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| 2012.2 | |
| 友人(女性)がインド・ジャイプールで交通事故にあった。後頭部を打って、血だらけになり、救急車で病院に運ばれたが、その病院がすごい。前の人の血がついている寝台。頭を縫うことになり、ドバドバーっとアルコールをかけられる。じゃまな毛髪は、はさみで切るのだが、これがまた切れないはさみだ。痛い。でもどうにか治療は終り、病室で横にさせられたが、今度は蟻がくる。蟻が頭の傷にむらがってくるのである。ひぇ〜である。ここにいても蟻にむらがられるだけと覚悟した彼女は、手術後タクシーでホテルに戻ったそうだ。幸い、後日のCTスキャンの結果は頭部に異常なしだったそうだが、とんでもない災難だった。その日ジャイプールの市街は歩行者天国の措置がとられていたようで、実にきもちよく歩いていたら、後ろから猛スピードのバイクに倒されたのである。
おしゃべりな友人で、こんなことあったのよ、と誰彼かまわず報告したと思う。アーユルヴェーダの先生が、傷そのものには何の関心も見せず、言ったひとこと「Anything comes, anything goes」。「何でもやってきて、何でも去っていく」、これにはいちばん癒されたとしみじみ述懐していた。そうだよなぁ、放射能にも適用できたらいいのになぁ。長ぁぁぁいスパンで見れば、できるかなぁ。(ゆ) |
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| 2011.12 | |
| いよいよ年の瀬を迎えるのだが、今年は格別いろんな思いが錯綜した年でしたね。でも11月に鳥(ちょう)くんの個展をやって、たくさんの人たちが感激してくれて、私はほんとに嬉しかった。一見、気のいいお兄ちゃんのどこに、あのような深い夢をみるような絵が描けるのか、ひとりのひとの全体を見ることはとても不可能なような気のする絵たちでした。結局、期間中ほとんどいてくれてありがとう。屋久島に帰ってトビウオ漁にでても、たまにほびっとのこと思い出してくれたら、これもまた嬉しいです。
ありすぎる位の体験がみなさまにもおありでしょう。12月17日の、尚眼大姉のホビット一滴会で、一年の垢を洗い落とし、新たな一年を迎えられることをおすすめします。(ゆ) |
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| 2011.10 | |
| 東日本大震災より7ヶ月が経とうとしている。その間政治の混乱はひどかった。今でもさらにひどい。919の脱原発デモは6万人と言われて、私はツィッターで参加(?)しただけだったが、嬉しくて涙がでたよ。こんなに大きな流れができたと思って。でも日常はあいかわらず、何を食べたら良いのか、右往左往するありさまが続いている。
娘が1歳の孫と、助産院で産んだ仲間と、赤ちゃん会をほびっと村学校の教室でやった。お祝いに、そうだ、キッシュを作ってあげようと思った。ほうれん草のキッシュは私の定番なのだが、葉ものは買うのは、ここ半年ずいぶんためらう。葉もののかわりに、そうだブロッコリにしようと思ったが、その日のナモ商会にはなかったので、帰りに西友に寄る。アメリカ産の前で、長く迷い、ついに買った。昔なら考えられない、国産がいちばんと思ってたのに。じゃがいもとエリンギは長野だから、まぁいいか。卵は山梨。サワークリームとチーズは北海道。おいしくできて、好評であった。赤ちゃんたちが食べるかもしれないと思い、胡椒はぬいた。ずいぶん気を使った料理であった。お母さんたちの苦労がほんとに偲ばれる。東北圏関東圏から逃げない人たちは、どうやって自分や家族の身を守るのか、こういう事態をただ耐え忍んでいていいのか。風評被害というわけのわからぬ言葉づかいを考えた輩よ、よ〜くものを考えよ、と思う。自分の家族だって危ないかもしれないのに。放射能は誰も差別しない(ランキンタクシーの歌だ)。(ゆ) |
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| 2011.8 | |
| ある日の整体のお稽古。その日はとても暑い日だった。自分のからだの輪郭をえがく、練習だった。仰向けに寝て、足の指で気になるところを見つけ、そこから右回りにひとがたをぬくように、りんかくを描いていく。この時期は輪郭が描きにくいのだそうだが、前回春にやったときは、きれいに描けて、起きたとき、まるで古いひとがたから抜けたように、新しい自分が生まれた気がしたものだ。
でも、その日は暑かった。やっているうちに、りんかくの線はぼやけ、あれ?どこを描いているの?と思ってあせったりして、だんだんぼうっとしてきて、一瞬眠ったようだった。気がつくと、私の腹のうえに、五本指の片足がのっかっている。ひとの足? 自分の足? よく分からないが、私はいっしょうけんめいその指にそって輪郭を描こうとしているのだ! え、ひとの足のりんかくを描いてどうする!!とあせって目が覚めた。まだみな横になって、稽古の最中であった。 あとで友人とお茶を飲みながら、この夢の話をした。私はおかしな夢の話として言ったはずだったが、友人の受け取り方は違った。ほんとに誰か、他の人の足かも!と言うのだ。そのくらい、ひとの身体(の部分?)は自由にいききするし、ひとはまじりあうし、境界と思っているものは違うのだ、という感覚。そうかもしれない。もちろん日常生活ではありえないことではあるが、ひょいと夢の中では実現する。この ひょいと、に何かヒントがありそうな気がした。(ゆ) |
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| 2011.6 | |
| 最近、楽しかったこと
(1)気の合う友人とのノン・ストップおしゃべり。いっさい滞(とどこお)らない、どんどん面白くなる、タブーなし! (2)孫(男児10ヶ月)との遊び。たまたま横目をしたときに、ばんと拍手したら、なに?という表情。しばらく経って、もう一度、今度は孫がわざと?横目をする。もう1回バン! 孫、何?と目を戻す。これの繰り返しで、音のならし方を変えたりして、ずっと遊びました。孫、無言で何十回も横目をしてお疲れさま! でも面白かったよねぇ。 (3)初めて本格的に人にしてあげた、福島でのマッサージ(WEEKLY CLASS 正宗太極拳のところを見てね)。背後にいろいろ複雑な事情があったとしても、やっているときは無我夢中で相手とのセッションに入っていた。貴重なありがたい、いい時間だった。受ける側の避難している方々もそうだったらいいけど(ひとり相撲でありませんように!)、でも、している感じはまったく悪くなかったんだ….。 〜〜結局この時期、人とのコミュニケーション、を楽しかったと言いたいのかも。相手がいる、ということ。相手と(ある意味)遊べるということ。人はひとりでないということ。1+1が2にも3にももっとたくさんにもなるということ。そんなことが希望だよね。(ゆ) |
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2011.4
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巨神兵 震災から10日めくらいから、風の谷のナウシカにでてきた、巨神兵が、白昼夢のように繰り返し出て来る。そのイメージのしつこさは、今までに経験したことがない。映画でクシャナに率いられ、岡の上に、その無惨な姿をゆっくりと起き上がらせるさまだ。 どうしてそのような姿が見えるのだろうか。もちろん原発と重ねあわせてはいるのだが、それは若い人たちの夢(を書いたブログ)やツィートで、「これまで、原発、ありがとう」という声をいくつか聞いたからだ。私は、今までそんな風に考えたことがなかった。原発はこのうえなく危険だから、早く廃絶して、とはずっと以前から思っていたが、その恩恵に対して感謝の念などもったことがなかった。なんだかじょうずに??切り離して考えの外においていたのだ。つまり、自分のことではなかったのだ。NO NUKES ONE LOVE の精神を継いでいる本屋をやっているくせに、だ。 東京でも赤ちゃんを連れて歩いている若いお母さんやお父さんを見ると、胸がいたむ。水が汚染され、食べ物の入手も心配しなければならない。すでに私たちは「被曝している」といっていいだろう、と思う。もちろんそう感じてないか、ほんとに怖いので耳をふさいでいるか、の人も多いと思う。 巨神兵は、原作では、ナウシカをお母さんと思い、嘘をつく人をすぐ見抜いた。原発、ありがとうという若い人たちを、(原発は!!)お母さんと思いなおしてくれるだろうか。私もその仲間に加わりたい。(最後までみとりたい、という意味って書かないと、誤解されますよ、とは、若いスタッフからの声)。 今月号は縮小版として発行します。新しいイベントがあれば、随時、ウェブ版http://www.nabra.co.jp/hobbit/ に載せていきますので、ときどき見てください。(ゆ) |
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| 2011.2 | |
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書評にも書いた『昭和の遺言〜十五年戦争』で印象的だったのは、広島原爆落下時、隊の炊飯班長だった男の人の話。爆風で二階から飛ばされたけど、奇跡的にケガはなく、外に走ると、火だるまになっている人がいっぱい。「兵隊さん、たすけて!」と言われても何もできない無力感から、火がおさまるのをただ待っていた。隊に戻ると、すべて灰の中に、鉄釜が。ほっこり飯が炊けていた。火事の熱で上下左右から炊けたご飯は、これまでに食べたどの飯よりもうまくむさぼり食ったから、俺は内側からも被爆したんだよ...という証言だ。 もうひとつ思い出すのは、神戸の大震災のとき、ポートピアの団地に住んでいた友人の話。すべてのにもつが散乱して、片付けやら、周囲の情報集めやらに忙しい。幸いにけが人は家族になかった。数時間たったころ、なんだかいい匂いがする。弁当用にとしかけてあった電気釜がちゃんと働いて、ご飯が炊けていたのだった。もちろん、みなで食べましたよ、とのことだった。 つなげての話で申し訳ないが、私の好きなムーミンママは、ムーミンが洪水で流されていくとき、それを見ながら、「今日のご飯はどうするのかしらね….。」と言ったのだった。この「続く」という感覚が、何か人間にとって大切なものではないかしら? と思うのだが、どうだろう?(ゆ) |
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従来どおり、販売を再開しました。 相似象学会誌(1) 525円 品切れ(価格はすべて税込み表示となっています) なお、これまでは、宇野先生のご意向もあり、縁ある方々に読んでいただけるようにとアンケート記入をして戴いておりましたが、先生亡き後、そのアン ケートを読んでいただく方もなくなり、廃止いたします。したがって、もう少し自由にお買い求めになれるかと思います。 また総計5000円以上の方は送料はサービスいたします。5000円以下の場合は400円、申し受けます。 ご希望の方は、ファックスTEL 03−3331−3067 ナワプラサード店主 高橋ゆりこ |
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http://www.nabra.co.jp/hobbit/nawaprasad/
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